Golden Egg Meets America

留学記(準備から帰国まで)

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総括

新年明けましておめでとうございます。
先月の21日に帰国、23日には秋田の実家に帰宅した。
自宅のネット環境が整っていないというのを言い訳にして、
ついに新年を迎えるまでブログをほったらかしてきた。
実際には、3G回線というテクノロジーによって、
この言い訳は粉々に打ち砕かれるわけだが、
まあ、引越し準備やなんやらで、忙しかったのは事実だし。
そんなわけで今は大学に戻っております。
もうすぐ冬学期、そして少々出遅れだが本格的な就活のスタートだ。
また忙しくなるとブログをうやむやにするので、
ここらへんで一区切りつけようと思う。
ということで、今回の留学の総括。
収穫
1.交友
正直なところ、俺は大勢の友人を作るのは得意でないし、そもそも数はいらないと思っているが、
限られた数の友人の存在は嬉しいし大切にしたいと思っている。
社交的な人の多いアメリカなので、誰かと仲良くなるのはそれほど難しくないのだが、
特別なものを感じるのは、やはりなにかしらのプロジェクトで築いた信頼関係だと思う。
はじめ、自分の存在はむしろマイナスではないかと感じたグループワーク。
極限の居心地の悪さから始まり、学期末には授業外でも打ち解けあう仲になってたりして、
スタートとゴールだけを見たら不思議なもんだなと思えるのだが、
結局その道中は「これ言ってみようかな」「これ伝えてみようかな」の積み重ねだった。
たぶん、他の留学生に比べて泥臭いというか、かっこよくはないが
俺にしてみれば、不完全な言語コミュニケーションの中で交友を築くまでの過程も、
実際の友達ぐらい大きな収穫だったと思う。
2.異文化理解
ブログでも、なんだかんだでぶつくさ文句たれてたりしたが、
そういうのも含めて、やっぱり自国外で過ごすのは楽しいと感じた。
アメリカを一回りして、
イメージ通りのアメリカも見たし、
裏切られたことも多々あっておもしろかった。
個人的にこれから深く探ってみたいテーマもある。
まあ、衝撃的すぎて怒りが沸いたこともなかったわけではないが、
多少のボヤキは新鮮さの裏返しとも言える。
異文化へのリスペクトというといささかキザな響きかもしれんが、
少しは心のキャパがでかくなったんではないかと思う。
3.逆境
普段、教養大でも留学生と接していたので、留学を楽観視しすぎていた気があった。
実際、留学生と接するのと、自分が留学生になるのとでは、
たとえどちらの場合も英語環境であろうと、全然違うものだった。
当たり前のように聞こえるが、実際にやってみるまで落差はわからない。
必ずしも快適とはいえない環境の中で生活することは、
終わってみればやはりいい経験だったと感じられる。
言葉の壁と、人種の壁と、文化の壁と、障害は多かったと思うが、
今振り返ってみると、壁を立てたのは実は自分で、
取り壊せるのもやはり自分しかいなかったなということ。
4.一人旅
とにかく楽しい思い出だったので、
これを収穫と言わずになんと言わんや。
ミネソタでお世話になったホストマザーから、
「知らない町を一人で回って怖くないの?」と言われ、
そういえばニューヨークを出たばっかりの頃は情けないくらいビクビクしてたよなァ
なんて思い出したが、やればなんとかなってしまうものらしい。
なにより、アメリカでは誰かに助けを求めて嫌な顔をされたことがほとんどないし、
求めた以上に親切にしてくれたりするので、旅がはかどったのだと思う。
今まで生きてきた21年の中で一番ときめいていた3ヶ月だった。
5.日本に関して
海外の視点から日本を見つめなおすという、留学生の月並みな謳い文句は、
当然俺の当初の留学目標リストにも載っていたわけだが、
実際に留学してみるまで、これほど感ぜられるものだとは思っていなかった。
昨年は東日本大震災という、未曾有の惨事と重なる皮肉があったにしても、
やはり留学中に日本について考え直したり、
あるいは日本人というアイデンティティーに関して思いを馳せる機会は格段に多かった。
俺は時々、日本人、アメリカ人というくくりですらが馬鹿馬鹿しいという考え方をすることもあるが、
アイデンティティーを支えてくれる支柱、
たとえば生い立ち、経験、信条、道理とかいうもののそれぞれどこかに、
やっぱり日本という国がどんな形であれ絡み付いてるのは確かで、
海外を舞台にすると際立ってそれが明らかになるのだと思う。
反省点

確かに、友達を「作る」ことにはほとんど関心はないのだが、とは言っても、もう少し積極的な社交に挑戦しても良かったかなという気もする。日本じゃ到底出会えないような人間もたくさんいたし。
果たして本当に英語は伸びたのかと言われると、あまり自信がない。むしろ話せなくなったんじゃないかという気もする。まあ、これは客観的な数値を測ってみるまでなんともいえんが。単位にはならなくてもENG科目も挑戦したほうがよかったろうか。
アメリカ文化には嫌でも触れたが、日本人としてこっちから何かを伝えられたかというと不十分だったような気がする。
結局、サークルやスポーツに挑戦できなかったのが心残り。学業で手一杯だったし、最終成績を見たらそんな呑気なことも言ってられないだろうが、やったらやったでまた良い経験だったと思う。
グランドキャニオンに行けなかった。もっというとホワイトサンズにも行きたかった。これはまた今度。

他にもチョコチョコあるけど、手が痛くなってきたのでとりあえずこれくらい。

なにより、留学行ってよかったと思えてるのが嬉しい。

ひとまず、
このブログはこれにて終了になると思う。
別に俺の単位変換がどうなったかなんて誰も知りたくないだろうし。
ブログを書くのは趣味なので、たぶん何かしらで続けるんだろうけど、
タイトル見たら(準備から帰国まで)ってなってるし。
これはこれでこのまま放っておこう。
長くて回りくどい文章だったと思いますが、
今まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
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最後の夜

土曜日にオスウェゴに別れを告げ、
今はシラキュースのホテルから更新している。

いよいよ、明朝にアメリカを発つ。
しかしあんまり実感がない。
どうせまた懐かしく、恋しくなるに決まっているのだが、
結局それは実際に別れて離れてみてからのことなんだろう。
そこが人間の調子のいいところだ。

将来のことなんて早々分かるもんでもないが、
一つ、これが最後のアメリカではないという確信がある。
多分、また来るだろう。
いつ、どういう形でなのかは分からんが、なんとなくそういう予感がする。

いずれ、また来るその時でも、
外国人ではなく、日本人でもなく、サトシコマツヤとして溶けこませてくれることを願っている。
この先、アメリカの何が変わっても、そこだけは変わってほしくない。

とにかく、
1年間、本当にお世話になりました。
ありがとう。また会おう。

全日程終了

昨日で全ての期末試験が終わった。
実質、これで留学は終了というわけだ。
実質という言い方には、要するに、
家に帰るまでが遠足だから、AIUに戻るまでが留学だろうという意味合いが含まれている。

なんにせよ、
終わってしまえばなんだか呆気ないものだ。
本当に、本当にあっという間だったように感じる。
まあ、人生の節目節目というのは、いつもそういうものかもしれない。
高校卒業のときも、今回も、たぶん大学を卒業するときもそうなのだろう。
もっとなにかできたのではないか、などという考えは、
仮にもっとなにかをしていたとしても永劫尽きるものではないような気もする。
とは言えそれでも、きっとなにかできたはず、と思い続けなきゃ、次の一歩につながらん。

今回も然りで、
これ以上ないくらいの完璧な留学だったとは到底言えん。
当然、得られたものも多かったが、
反省点もまた山ほどある。
それはそれで、時間があればまたまとめて書いてみようと思うが。

とにかく、いずれにしても過ぎた時間は戻ってこない。
留学は終わり、火曜日には日本に帰らなくてはならないが、
しかして、留学というのは、
「一年留学しました」「わあ、すごいですね」というものではないと思う。
留学それのプログラムは終了したが、
それが活きるのはこれからだろう。それも活かそうとすればの話で。

一年の留学それ自体から得られる価値は、
真摯な日本の学生の一年に比してさほど大きいものでもない。
一年のうちに超サイヤ人に覚醒するわけでもなければ、
黙ってれば後々勝手に覚醒するわけでもない。
結局問われるのはこれからの俺の姿勢だと思う。

留学「しっぱなし」というのが、一番もったいない。
たとえそれが、その上なく完璧な留学生活だったとしても。

カウントダウン

なんだかんだで、帰国までもう一週間を切ってしまった。
授業はすでに終わり、今は期末試験期間。
とはいえすでに 4 DOWN, 1 MORE TO GO!!

はっきり言って、4タコもあるんではないかというような
あまり芳しくない戦況なんだが、
まさかFailはないだろうと、若干甘い期待を抱いている。
まあ、仮にDグレードでも単位変換したらFailと同じ扱いなんだが。

学生たちの中にはすでに全ての試験を終わらせ、
休暇のため寮を出て行った人たちもいる。
現に、俺のルーミーも昨日の晩に出て行ってしまった。
ブラジルに帰る前に
フロリダのオーランドーで一週間ほど過ごすらしい。
ディズニーランドか、ユニバーサルスタジオか、
いずれまた彼女と一緒だろう。

俺も正直、また一週間ほどNYCで過ごせたら良かったのだが、
今回はすぐに帰る。
お金がないというのもあるし、
年末はいろいろと忙しそうだし、
なにより、帰国便の出発がシラキュースなので、
退去後のでかい荷物を抱えて州を横断往復するのはそれだけで気が滅入る。

ニューヨーク州、ニューヨーク州といっているからあまりイメージが湧かないだろうが、
オスウェゴからシティーまでおおざっぱに言って300マイル。
岩手の奥州から東京に行くぐらいの距離と考えてもいい。
シラキュースとシティーなら250マイル。
山形と東京間より少し長いくらいか。
50州では比較的小さい方のニューヨーク州圏内でさえこんなんだからマイル。

本当に俺は、でかい荷物とか、たくさんの荷物を持ち歩くのが嫌いなのだ。
夏のバックパック1つでさえ、もう少し削れなかったかと後悔したぐらい。
将来、何かいろいろと技術が進歩して、
ショルダーバッグ一つぐらいで世界一周できるようにならないかと密かに願っている。

とりあえず今回は、
スーツケース二つとリュック一つ、ショルダー一つに荷物を押し込まなければならない。
せめて東京まで、無事に着きますように。








放課後こーひーたいむ

全ての授業が今週中に終わるッ!

と言っても、もうほとんど消化試合みたいなもんで、
今日が実質のピークだったといってもいい。
今日は朝一の授業の初っ端からマーケティングのプレゼンをかましてきた。
良くも悪くも、無難な出来だった。
少なからず、グループメンバーの期待以上の働きはできたんではないかと思っている。
というのも、メンバーの俺に対する期待度が、相当に低いものだったのではないかと推測するからだ。
ふだんからあれだけたどたど英語を口ごもっているのだから、
人前で話させたらどうなるものかと、彼らは内心冷や汗だったに違いない。

でもまあ、案外俺は、日本語では特に、パブリックスピーチは得意だったりするので、
言うべきことがハナから分かっているなら、並みの人類程度の言語能力を有するのだ。
とにかく、プレゼンは片付き、
皆も俺がチンパンジー以上の存在だということを再認識したところで、万事OKだ。
今週の残りのマーケティングクラスは、ふんぞり返って他チームのプレゼンを見物していればいい。

さて、授業が終わり、ダイニングで昼食をとっていたら、
プレゼンのグループで一緒だったハン(ベトナム)から一緒に食わないかと誘われた。
授業が三つ被ってる上に、内二つでグループメンバーなのだが、
一緒に飯を食ったことはなかった。

というか、そもそも俺は誰かと一緒に食事をしない。呑みは別として。
誘われたら乗るが、それでも心の中では乗りきれない、協調性のかけらもない男である。
今回も然りだが、とはいえ、今セメはずっと世話になったし、
考えてみりゃもうほとんど話す機会も残ってないだろうし、
なにより、今になって食事中に声をかけてくるというのも、
俺がチンパンジーよりむしろ人間寄りだという信頼構築の表れかもしれない。

そういうわけで、ハンと、その友達のヤン(中国)と昼食をとる。
その際、ハンに「あ、そうだ。あんたも今日のInternational coffee hourに来なさいよ」と、
半ば当然のように言われ、
そもそもそのインターナショナルコーヒーアワーとやらがなんなのかが分からん俺が、
何するものぞと聞いたところで、
「大丈夫。先生が来るから。日本語話せるんでしょ?」と、
全くこちらのニーズを無視した答えを返され、
最終的に「3時に図書館集合」とだけ言いつけられて解散した。

International coffeeだから、世界のコーヒー展みたいなものかな、とか、
俺はコーヒーはよく飲むけども、そこまで造詣が深いわけでもないし、
第一飲み比べなんかした暁には利尿作用がすさまじいことになりそうだな、とか
さて、それじゃあ日本語の意味は?当然俺は日本語を話せる。というか、俺から日本語を奪ったら、
運動神経もろもろ考慮して、いよいよチンパンジー以下の存在になりかねん、とか
いろいろ考えながら集合場所に行ったら、
いろんな国旗や国のポスターが貼られてある部屋に連れて行かれた。

中にはラウンドテーブルがいくつかと、お菓子と、そしてコーヒーが用意されていた。
なるほど、毎週月曜、ここに特定の国に興味のある学生たちが集まって、
テーブルを囲み、コーヒーなんかを飲みながら言語学習したりするのが、
International coffee hourらしい。
俺は日本語のテーブルに招待されたというわけだ。
それにしても、ハンとヤンが日本語を勉強していたとは知らなかった。

そして、先生とは、案の定日本語講義の先生だった。
このおばあちゃん先生に、俺は一度会ったことがある。
先学期、インターナショナルフェアーで震災の義援金を募った時だ。
しかして、向こうは俺を覚えていないらしく、初対面のように振舞われたので、
こちらも初対面の振りをして挨拶をする。

テーブルにはもう一人見た顔が。
ブリトニーも、義援金イベントの際に知り合った。
彼女は俺を覚えていたらしい。
テーブルには他にも、オタクっぽいアメリカ人男子や、日米ハーフの子(日本語は話せない)なんか
だいたいみんなで7、8人はいただろうか。

そして活動内容は、日本語で自己紹介と、
日本語の歌を数曲歌うというものだった。
歌ったのは「かえるのうた」「さくらさくら」「きよしこの夜」そして「上を向いて歩こう(SUKIYAKI)」
後は日本に関する雑談をベラベラ。

日本語と英語を交えながら外国人たちと話していると、
AIUに入学したての頃を思い出す。
なんというか、ギブ&テイクの感覚である。
今思えば、日本の英語環境という、AIUの特殊な条件から味わえた感覚かもしれない。
そしてあの頃は他人と話すのが楽しかったな―、と。

まあ、とにかく、なんだかんだで楽しんじゃってたわけだが、
残念ながら今回が今学期の最終回である。
もっと早くに誘ってくれてればという感じがしないでもないが、
ともあれ、ハンとヤンには感謝しよう。

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